
保存科学研究室
保存科学とは?
1952年、「保存科学」という言葉を最初に用いたとされる関野克先生は、次のように述べています。
「文化財の構造と材質の究明と、内的外的条件によって生じる変化及び老化の現象を分析し、文化財の保存と修理に役立たせること」
すなわち、保存科学は当初、文化財資料を対象として、その保存修復のために発展した学問でした。当時の日本では発掘調査が進展する中、考古遺物の保存処理が急務だったからです。
しかし、社会情勢は変化し、遺産の概念は拡大してきています。
遺産の活用も積極的に進められる昨今、その保存のために存在する保存科学もそれに対応していくことが求められ、かつての学問領域には収まらなくなってきています。
そのため、基礎研究はもとより、これらの課題をうまく解決していく力が必要です。
いま文化財や遺産の現場では
慢性的な人材不足
日本をはじめ世界中で世界遺産などの文化財は年々増加の一途をたどっています。(例えば日本の場合、国が指定・選定・登録する文化財件数は33410件(2024年4月現在)、都道府県と市町村指定・選定件数は112,633件)。しかし、それを保全・管理する文化財専門担当者の配置割合は少なく、日本の場合は6割程度しか配置されていません。
劣化や損傷の深刻化
日本の各自治体が管理する文化財は指定・登録あわせて100件を超え、膨大な出土資料に加え広域に存在する石碑などの石造物、寺社などの建造物、文化的景観、重要伝統的建造物群保存地区などは、その規模や量からも保護状態確認さえ困難となっているものが多くあります。その一方で、僻地で長年自然環境に晒される状況にあることや、観光客の急増、過度の開発・活用により文化財の劣化や損傷は今までにないほど急激に進んでいます。
状態把握の困難さ
先に述べたような状況下で、一定レベルの経験を有する維持管理者(担当者)であっても全ての文化財に対してリアルタイムでの状況把握を的確に行うことは難しい状況にあります。
活用の拡大
文化庁による「文化財活用・理解促進戦略プログラム2020」では、文化財をユニークベニューとして活用した文化イベントを積極的に支援するとしています。文化財や遺産の置かれる環境は厳しいものになることが予想され、活用による保存環境の変化の中で、劣化の促進や新たな劣化に対応していく必要があります。
地域社会の役割の増大
文化財保護法の改正が検討され「これまで価値づけが明確でなかった未指定の文化財を対象に含めた取組の充実や社会全体で支えていく体制づくり」、「有形・無形を問わず、文化財やその周辺環境を総体として捉える」ことなどが喫緊の課題となり、地域社会との関連の中で保存を考えていくことが求められるようになっています。
保存科学の役目
ベストな保存とは専門家がいつまでも関わることではなく、周辺の土地、その場所に関わりがある方々が文化財や遺産に一定の敬意を払いながらその社会で自然に共有している保存ではないでしょうか。そのために保存科学は、文化財や遺跡がどのように育まれ、受け継がれてきたかに敬意を払いながら、さまざまなツールをつかって文化財や遺跡の状態を把握し、なにが課題かをエビデンスとともに示し、彼らの社会の枠組みに落とし込めるようエンジニアリングすることが必要です。個人や地域住民、行政機関などのステークホルダーが保存の主体であり、保存科学者はその保存がよりよいものになるよう支援する立場なのです。